バンド活動(加入など)における自論

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あくまでも私の場合です。色々な考え方がありますが、あくまでも私の場合と断っておきます。私は基本的に、「入れるバンドがあればドンドン入る。誘われたら断らない。不慣れなことでもチャレンジする」が高校時代からの信条でした。あれは嫌だ、これは嫌だを絶対に言わない(言えるほど技術が無いので)がポリシーでした。

 

人生で初めて組んだバンドはBOOWYコピーでした。当然、真剣に取り組みます。高校1年の後半よりヤマハ主催のティーンズに出始めて(初ステージ)、その後は高校の先輩が主催する卒業ライブやら歓迎ライブなどに出始めました。

 

その際のステージはいつも旧・野口記念館でした。高校生が立つステージにしては立派すぎるほどのステージらしいステージでしたし、誰がしてくれてたか存じませんがPAもあったしギターソロの場面になると照明まで当たったりして、バンド活動をする上で、私にとって野口記念館は素晴らしい環境でした。

 

話が逸れました。高校3年くらいになると、私が「ギターが上手い(らしい)」という噂が少し広まったりしたのか、「●君、うちのバンドでギター弾いてくれない?」という誘いを受けるようになりました。「どんな曲するの?」と聞くと、「ユニコーンよ」など返ってきました。

 

「ユニコーンか。あまり好きではないし、曲もよく知らないが、これも経験だ。自身の技術向上のためにやってみよう」と二つ返事でユニコーンコピーバンドでギターを弾くことを引き受けました。

 

ユニコーンコピーバンドのドラムの子からカセットテープを渡されて、コピーすするという、とある曲を聴いてみると、「結構かっこいいな」という印象だった。BOOWYギターとは全く違うが、これはこれでカッコいいと思って、必死に練習しました。

 

いざユニコーンコピーのメンバーでスタジオに入って、私が曲のイントロを思いっきり弾き始めると、他のメンバーの反応が一瞬で、「うわ!すご!」って感じになって、あとはメンバー全員と打ち解けるのに時間はかかりませんでした。「●君、今日はありがとう。また宜しくね」ということで、私はユニコーンコピーバンドのギターも担当することになりました。

 

その他、社会人になってからは某バンドでベースを担当することもありました。マッドカプセルコピーバンドのベースを担当したりもありました。レイジアゲインストザ・マシンのコピーバンドのギターをしたりもありました。レッチリのコピーでベースをやってライブに出たこともありました。

 

最初に言いましたが、「入れるバンドがあればドンドン入る。誘われたら断らない。不慣れなことでもチャレンジする」が私のポリシーです。あれはしたくない。このバンドは嫌だ。あまり曲が好きではないなど、あれこれ要望を言うのは、その人の自由だが、そんなことばかり言って、誘いを断ってばかりなのは「技術向上の機会」を自分で失くしているのだ。

 

言っちゃあ悪いが本音を言おう。技術の無い方ほどバンド加入の際にあれこれ要望が細かいし煮え切らないし、誘われても、くだらないプライドで断ったりしがち。それが悪いと言ってるのではない。あくまでも私の所感である。上手い人ほど仕事を選ばない。どんなバンドでも、どんな曲でも上手く馴染んで良いギターを弾く。そんな人こそ、本当に上手い人と思うのです。

私はBOOWYしか弾けません。BOOWYとコンプレックスしか弾けません。BOOWYとコンプレックスと布袋と氷室しか弾けません。みたいなギター弾きも世の中にはいるかもしれない。それはそれで結構だ。「私」については、あれこれ雑多にやってきているので、あれこれ色々と弾きますし弾けます。

私は需要(誘い)があるなら、どこでもいきます。どこでも何でもギター弾きますというスタイルで活動している。さすがにカシオペアのようなフュージョン系のギターやヘヴィメタなどは分からないので誘われても丁重にお断りしますが、それ以外なら、やれそうならやるが信条。あれは嫌だ、これは嫌だを言ってる奴ほど、たいしたことないです。

 

若かりし頃の布袋さんも、とある有名な映画(アニメ)でギターを弾いてますよ。「俺はロッカーだからアニメでギター弾くわけないだろ!」と断ったりしないのです。「誘いがあれば何でもやる、何でも引き受ける」という考えの方は伸びますよ。

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